神鳥の卵

「お久しぶりでございます、スザク様」
「お久しぶりです咲世子さん」

早朝に電話をしたというのに、彼女は文句ひとつ言わずに２４時間営業の店に駆け込み、赤ん坊に必要な物一式を購入し、両手に買い物袋多数、背中に大きなリュックという出で立ちでやってきた。
よくここまで来れたな---勿論警備の者に捕まらなかったなという意味で---と思えるほどの量で、思わず驚きの視線でまじまじと見つめていると「篠崎流ですので」という最強の台詞を口にした。それを言われるとそれ以上突っ込むことなど出来ず、咲世子さんだからな、と思うしか無かった。
部屋へと入り、それらの荷物を床に置いた咲世子は衣服の乱れを正し、改めてスザクに向き直った。

「それにしても・・・」

咲世子は僕の腕に抱かれ、相変わらず僕の指をちゅうちゅうと吸い続けているルルーシュ（仮）をじっと見つめた。
ちなみに今朝ルルーシュ（仮）は全裸で寝ていたが、流石にお腹を壊したら大変なので、今はバスタオルに包んでいる。
そんなルルーシュ（仮）を見て、咲世子は何か悟ったような笑顔を向けた。
すごいな篠崎流。
これで解るのかとスザクは密かに感動を覚えた。

「おめでとうございます、スザク様」
「え？あ、うん、ありがとう？」

ルルーシュを取り戻せておめでとう、ということだろうか？思わず首を傾げながらそう答えた。
腕の中のルルーシュも、同じように首をコトリと傾けながら指を吸っている。

「もっと早く教えていただければ、篠崎咲世子、全てお手伝いいたしましたのに」
「・・・全て？」

もしかして、ルルーシュがこんな形で戻った理由も理解ったのだろうか。
すごいな篠崎流。
咲世子の凄さに思わず笑顔を向けるスザクと、訝しげに咲世子を見「まさか咲世子・・・」と言いたそうなルルーシュ（仮）。

「はい。身重の身体でゼロとして任務を行うなど、万が一流産されたらどうするおつもりだったのですか。それならば私が影武者となりましたのに」

お腹はマントで隠されていたんですか？

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は？」

身重？
流産？
咲世子が何を言っているのか理解できず、スザクは混乱した。
ルルーシュ（仮）は予想が的中したというように咲世子を見つめた。

「それにしても私、てっきりスザク様は男性だと思っておりましたが、まさか女性だったとは。完全に騙されておりました」

流石ですスザク様。
尊敬するような眼差しで言われ、スザクはぴしりと硬直した。
ああ、そういう方向で想像したわけかと言わんばかりにルルーシュ（仮）は赤ん坊に似つかわしくないようなため息を吐いた。
咲世子の天然が爆発し、おかしな方向に思考が飛んでいるのだ。

「スザク様がお産みになられたルルーシュ様の忘れ形見、この命に変えてもお守りいたします」

やはりお二人は只ならぬ仲だったんですね。
咲世子は真剣な表情でそう言った。
そこまで聞いてようやくスザクの硬直が解けた。

「まままま、待って！待って咲世子さん！！違う！何か勘違いしてるよ！僕は男！男だから子供なんて産めないよ！！」

大体、僕達そんな関係じゃなかったから！
ブンブンと首を振りながらスザクは否定した。
第一そういう関係となった場合、押し倒すのは間違いなく僕だし、つまり子供を産む側に立つのは間違いなくルルーシュで。
ああでもルルーシュも男だから妊娠はしなくて。って違う！！
あまりにも激しい否定に、咲世子はふっと顔に笑みを浮かべた。

「もう私にはお隠しになる必要はありません、お任せ下さい」
「隠してない！ホントに僕、男だから！」

生まれてこの方、女になったことはない！
疑うのなら、実はルルーシュに恋人が居て、隠し子が！という方がありそうな話なんじゃないだろうか！？
いや、あのルルーシュに恋人がいるとは正直考えられない・・・いや、考えたくはないのだが。
シャーリーとはイベントで恋人同士になってたけど、ルルーシュのことだから手は出してないだろうし、C.C.とも何も無いはずだ。同衾してたのは知っているし、クラブハウスにあった髪の毛の持ち主もC.C.だと解っているが、きっと何も無いはずだ。
信じてるからね、ルルーシュ！
思わず現実逃避し、思考をあさっての方へ飛ばしていると、咲世子はそうですか？と信じていないような視線でスザクをみた。
そして視線を下にずらし、とある場所でその視線が止まる。
そこは、一目見れば男か女か判別できる場所で。
本当にあるんですか？と疑っているような眼差しだった。

「ちょ、まって咲世子さん！見なくてもわかるでしょ！？」

どう考えても骨格は男で喉仏もある。
僕にストリップの趣味は無いし、女性じゃないと証明するために見せるのものじゃない！

「ですがスザク様は、とても可愛らしいお顔をされていますし・・・」

じっと、疑うような視線がそこに集中したままで、思わず後ずさった。
確かに可愛いと言われることは不本意ながらよくあった。
童顔で年齢より若く見られることも日常茶飯事で、特派に入るまでは上官や同僚に襲われかけたことなんて両手足の指で数えても足りないぐらい・・・頻繁にあった。
・・・あれは嫌な思い出だ。
女装程度なら笑って受けるが、いくら上下関係の厳しい軍だからといって掘られるつもりなど更々無い。もちろん、掘るつもりだって無い。
相手が女性なら受けることもあったが、男となんて冗談じゃない。
考えただけで全身に鳥肌が立つ。
だから勿論全員足腰立たなくなるまで制裁は加えたし、上官に関しては、男の象徴を潰さない替わりに、この仕返しをしないよう入念に脅しを掛けたりもした。
だが、女性と間違われたことなど今まで一度たりともない。

「しゅぁぅ！」

お腹が空いて仕方が無いのだろうルルーシュ(仮)は「男なんだから見られても女性よりはまだ恥ずかしく無いだろう、さっさと誤解を解け！そして食事を用意しろ！」と言うようにスザクを見た。
実際には「ぅ～ぅ～」としか言っていないのだが、そうとしか思えなかった。

「えええ！？君、人事だと思って酷くない！？」

思わずそう訴える。
絶対自分がこの立場なら、全力で拒否するくせに。
するとルルーシュ（仮）は、その年齢に似合わないようなにやりとした悪い笑みを浮かべた。「当たり前だ、人事だからな」そう言っているようにしか見えない。

「酷いよルルーシュ・・・」

眉尻を下げ、情けない顔になりながら、スザクは偉そうにふんぞり返っている（ように見える）ルルーシュ（仮）を見つめた。
そのやりとりを見ていた咲世子は、驚き目を見開いた。

「スザク様、そのお子はまさか・・・」
「多分、としか言えませんが、ルルーシュ本人だと思います」

というか、そうであって欲しい。

「ルルーシュ様・・・」

咲世子はようやく視線をそこから外し、ルルーシュに向けてくれた。
僕は心底ほっとした。

「ちなみに、こんなものまであります」

バスタオルで隠していた羽根を見せると、咲世子は目を丸くさせ驚いた。

「これは・・・天使、でしょうか」

まさにこの可愛らしさは天使としか言いようがないが、断言することなど当然出来なかった。

「解りません。・・・実は、夢でルルーシュに会ったんです。その時彼が大きな卵を抱えていて、僕は夢の中でその卵を預かったんですが、目が覚めたらその卵を持ったままだったんです。そしてその卵の中から出てきたのがこのルルーシュでした」

普通に考えれば有り得ないような夢物語だが、赤ん坊の背中の少し赤みを帯びた羽はパタパタと時折動いており、僅かな光を帯びているのかキラキラとした粒子が辺りを包んでいるようにも見えた。
作り物ではないことはひと目で分かる。

「多分Cの世界が絡んでいることだと思うから、C.C.を呼び寄せて見てもらおうと思っています」

その言葉に、ようやく咲世子は納得したという表情となり、今までとは違う、心からの笑みをその顔に載せた。

「ルルーシュ様・・・お帰りなさいませ」

咲世子は声を震わせながら、深々と頭を下げた。